DEAR 開発教育協会

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英国における開発教育-3 「グローバル教育センターの転換点とは?」

グローバル教育センターの転換点とは?

聞き手:岩崎

岩崎:
この25年間で、様々なことがあったと思いますが、特に重要だと思われる変化や出来事は何ですか?

マーゴ:
たくさんあります。もちろん教育財政に関するものもありますが、多くは教育方針の変更に関連するものです。そのひとつが、1988年にナショナル・カリキュラム(*8)が導入されたことです。「多文化主義へのバックラッシュ(backlash, 巻き返し)」と言われました。また、デイビッドとグラハムがカナダのトロント大学にグローバル教育研究所(IIEG)を設立するために、1992年に「センター」を離れたことも大きな変化でした(*9)。そして1993年に現在のヨーク・セントジョン大学へ移転する際には大きな決断を迫られました。ヨーク大学の教育学部がより研究を重視するようになっていく一方で、当時はまだカレッジだったヨーク・セントジョン大学は実践重視の大学でした。移転したことによって、かえってヨーク大学とは組織的な関わりを持つことができるようになり、「センター」の活動環境も大幅に改善されました。

マーゴの経歴

岩崎:
マーゴ自身はグローバル教育にはどのようにして関わるようになったのですか?

マーゴ:
それにお答えするには、私の経歴を語らなくてはなりませんね。私はまず教師として出発しました。エジンバラ大学で学び、最初の教師としての仕事はフランスでした。戻ってきて1年間はニューキャッスルで教え、ロンドンのブリックストン(Brixton)やハックニー(Hackney)などの文化的な多様性のある地域で6、7年教えていました。その時にニュージーランドに交換教師として行き、帰国後にハックニーに戻りました。

その頃、オックスファムの教育部(OXFAM Education)にも関わりを持つようになり、インドのことをどうやって教室で教えるかというプロジェクトなどに関わっていました。その時、教育部の求人広告が出て、薦められて面接を受け、採用されました。オックスファムでも6、7年働きました。その間、アフリカ、特にサハラ以南のアフリカについて学びました。はじめて開発問題を系統的に学ぶ機会を得て、オックスファムの開発プロジェクトに携わり非常に有意義でした。出版事業も経験しました。

岩崎:
ピーター・デイビス(Peter Davis,*10)やロビン・リチャードソン(Robin Richardson,*11)に出会ったのもその頃ですか?

マーゴ:
そうです。私がオックスファムに入って3ヶ月後にピーターが来ました。この頃は非常に生産的な時期でした。オックスファムやロビンを通じて、開発教育やマルチエスニックの世界とつながるようになりました。それぞれの分野は、専門性・アプローチ・強調点といった点で異なってはいましたが、重なり合う部分も非常にありましたので、部分的に統合していくような動きがありました。

特に、オックスファムの人々は開発問題に対して真剣に取り組もうとしていましたし、地方行政のマルチエスニック政策は、さまざまな課題を統合するという方針を持っていましたので協力し合いました。こうした協力関係は、この25年間に濃淡はありましたが、今でも継続しています。この分野ではすべてが繋がっています。その後に結婚することになるピーター・ハックスフォード(Peter Huxford)とはオックスファムで仕事をしていた頃に出会い、二人の子どもが生まれたこともあり、オックスファムでは非常勤になりました。そして子育てが一段落したあと、再びロンドンの教育庁のマルチエスニック・センターで働いていました。

このセンターでは、階級(クラス)、ジェンダー、バイリンガリズムなどをテーマに教員研修を行い、4、5年働きました。年間を通して、教師へのコースを提供していました。同僚は教師グループをコーディネートしており、非常に意欲的なグループを育てていました。その人はとても活動的で戦略をもちながら、反人種差別主義、多民族主義、バイリンガリズムなどに取り組み、1週間に1回は学校へ通い、このセンターに来ている教員たちのクラスを訪問しました。そうした取り組みは、非常に一貫性のある活動となり、教員と外部者が共通のメッセージを子どもたちに送ることができました。グループに参加した教員は24名で、2年間活動した後、その同僚が他の学校へ移動しましたので私がその後を引き継ぎました。さらに、私はロビンが進めていたワールド・スタディーズ・プロジェクトのワークショップも実施していました。このようにいろいろな活動がこの時期に重なり合っていたのです。こういう経歴を経て私はヨークの「センター」に移ることになりました。

4.「開発教育、ワールド・スタディーズ、グローバル教育の背景」へ


  1. 「英国における開発教育」トップページ
  2. CGEの成り立ち
  3. CGEの転換点とは?
  4. 開発教育、ワールド・スタディーズ、グローバル教育の背景
  5. 開発教育、ワールド・スタディーズ、グローバル教育の違いとは?
  6. 日本との関わり
  7. 市民教育の現状と今後

*8:National Curriculums。日本の学習指導要領に近い全国統一カリキュラムのこと。
*9:その後二人はトロント大学のグローバル教育国際研究所(International Institute for Global education)の共同所長として活躍。現在、デイビッドは英国のプリマス大学で、グラハムはカナダのプリンス・エドワード島大学でそれぞれ教鞭を執っている。
*10:オックスファム教育部で開発教育を長く担当するとともに、現在も欧州の開発教育ネットワークづくりに尽力している。
http://www.oxfam.org.uk/education/
*11:70年代のワールド・スタディーズ・プロジェクトの研究主幹。


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