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多文化共生 <実践事例>

解説編-「外国人=犯罪者」ってホント?  実践事例-レヌカの学び

レヌカの学び~自分の中の異文化に出会う

「レヌカ」とは、ネパール人女性の名前。彼女はネパール公立聾学校の校長で、4年前の25歳の時に研修のために来日した。日本で過ごしているうちに彼女は、ネパールにいるときとは別人のようになっていった。このことから、人は環境によって行動を変えながら適応して生き続けているのであり、このことを理解し合うことが、異文化理解につながるのではないだろうかと考え、それをより多くの人たちと一緒に考えていきたいという願いからこの教材を作製した。

作製後の動き

レヌカの学び

作製してから3年が経とうとしている。これまでにいろいろなセミナーで行い、広がっていることをうれしく思う。現在、仙台在住の留学生と一緒に「○○の学び」を作製している。これまでに韓国の「パクの学び」と「キムの学び」、マレーシアの「ダニエルの学び」、ネパールの「スダンの学び」、バングラデシュの「ムキトの学び」、インドネシアの「デビィの学び」は今年の京都の全国集会の自主ラウンドで発表し、約25名の参加者に体験していただいた。また、新たにタイ王国編、中国編、ブラジル編を作製中である。この教材を作る中で自分自身を見つめ直すという作業と、2カ国の生活を経験してみんなに何を伝えたいのかを探っていく作業を行って行くわけだが、それがどうも魅力らしい。レヌカもそうだが、他の皆さんも母語に訳して持ち帰り、帰国したら、自分がファシリテータになって家族や友人、職場の人などにやってみたいと話している。

ねらい
  • 知らず知らずのうちに、自分の中にできている「思いこみ」「偏見」「差別感」「固定観念」に気づく。
  • 「レヌカの学び」は「自分の学び」であるということに気づき、
    異文化理解のカギは自分自身の中にあるということを実感する。
対象 小学4年以上
展開
  1. アイスブレーキング 10分
  2. 「レヌカの学び」カード並べゲーム(カード並べ、裏返して絵あわせ) 40分
  3. ふりかえり 15分
実践者 土橋泰子
教材「レヌカの学び」はDEARで取り扱っています  詳細はこちら

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1.アイスブレーキング

  1. 「ティカ」の説明:国教がヒンズー教のネパールでは、お祈りのあとに「ティカ」とよばれる赤い印を額につける風習がある。
  2. 参加者に目を閉じてもらい一人一人の額に何色かのシールを貼る。レヌカは聾学校の先生なので、聾者の気持ちになろうと促す。参加者は目を開けて言葉を使わないで自分と同じ色の仲間を捜す。
  3. グループができたあとに、自分の仲間が見つかるまでの気持ちや自分の行動を振り返ってもらう。3人~4人のグループになるように調整しておく。

※グループ作りができれば他のアクティビティでもかまわない

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2.レヌカの学び

レヌカの学び
  1. 各グループにレヌカの写真と手紙(カラーコピー)を渡し、それらを見ながらレヌカについて理解してもらう。
  2. 文字が書いてある方を上にして、18枚のカード1セットを各グループに配る。
  3. それらのカードを、書かれてある内容が、「ネパールにいるときのレヌカのこと」なのか、「日本にいるときのレヌカのことなのか」という観点で分けていってもらう。その際、グループでみんなが意見を出し合い、よく話し合って決めていって欲しいことを伝える。カードの裏側は見てはいけない。9枚ずつに分けることができたら終了。
  4. 正解かどうかを確かめるために、カードを裏返ししてパズルになっている絵合わせをしてもらう。全問正解であれば、「ネパールにいる時のレヌカ」のカードはネパールの風景画、「日本にいる時のレヌカ」のカードは日本の風景画が完成する。
  5. 間違ったカードやたまたま正解であっただけで、とても悩んだカードについて自由質問を受ける。それらについてレヌカの気持ちを代弁する形で答えていく。それを聞いた参加者はカードを分ける根拠としたことが、いかに自分の固定観念に縛られていたかということに気づいていくことができる。

※ちなみにこれまで1度も全問正解者は出ていない。製作者としては嬉しい。なぜなら、参加者は間違えたカードに大変興味を持ち始めるからだ。「なぜこれはネパールなのか」「なぜ日本のことなのか」と。

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3.ふりかえり

ワークショップを終えた感想を発表しあい、共有する。以下のような感想が多い。

  • 「レヌカ」の学びだ!と分かっていても、考えるとき、つい「私」のことに置き換え て考えてしまっていた。物事を考える時っていつも自分を中心にしているのものなんですね。
  • 「私は野菜を買うとき、よく選んで買うわ」というカードで、「選ぶ」ということを値段や産地、新鮮かということ以外思いつかなかった。レヌカにとっての「選ぶ」は1つ1つ自分の手で触るということだった。パック詰めが多い日本はレヌカにとっては「選べないようにされている」世界だった。言葉の捉え方が違うと、意志疎通も難しいとはまさにこういうことなのですね。
  • 「私は、ごはんを食べる前に必ず手を洗うわ」のカードは絶対日本だと思ったら、ネパールでのことだった。土橋さんに「今日に昼食を食べる前に手を洗いましたか」と聞かれたとき、ハッとした。自分自身洗ってないのに洗っているつもりになっていた。しかも私が絶対日本だと思った理由が「ネパールには水がない」という勝手な思いこみからだった。レヌカは手で食べる習慣を持っているから、必ず洗うということが分かり、その人の育った環境に思いを巡らせることが大切だと分かった。
  • 目から鱗状態です。一人の人間を理解するということがこんなに深いことだったとは。しかも理解できるかどうかは自分自身の問題であると。これからは「ネパール人」「日本人」「○○人」という見方をなくしていく努力をしたい。「○○さん」としてつき合っていける人間になりたい。

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